2025年9月26日、都内で高教研が主催する産学連携公開研究会にマーケティング実践研究会が登壇しました。今回のテーマは「大学の地域連携」。現代の大学に求められる役割が変化する中、地域社会とどのように連携し、価値を創造していくべきか。本セミナーでは、大学の役割の歴史的変遷から、産学官連携による経営改善の画期的な成功事例、未来の連携のあり方まで、多角的な視点から議論が交わされました。本レポートでは、その熱気あふれる議論の模様をお伝えします。
大学の「第三の使命」と地域連携の現代的意義
最初に登壇したのは、本セミナーの進行役も務める樊(ファン)特任助教です。まず、大学と地域の関係を歴史的に整理し、中世の大学が王権の保護と特権を背景に「よそ者」として町と衝突しながら発展したこと、近代のフンボルト理念に基づく大学が「純粋学問」を追求するあまり社会と分断されたことを紹介しました。一方で、19世紀後半よりアメリカのランドグラント大学の登場により、農業や工学などの実学を通じて地域に貢献する役割が加わったのです。
この「地域貢献」は、現代の大学における「教育」と「研究」以外の「第三の使命」として位置づけられています。樊氏は、地域とのつながりこそが、大学の公共性を基礎づけており、公的資金投入の根拠となり、現代社会における大学の正当性を確保するための重要な要素になっていると指摘しました。日本でもCOC事業や地域構想推進プラットフォームなど、政策的な後押しが続いてきていますが、「何のために連携するのか」という本質的な問いへの答えを見つけることが、連携を形骸化させないための鍵となると課題提起しました。
データと異業種の知見が生んだ「行列のできる朝食」
続いて、産学官連携による経営改善の成功事例として、茨城県つくば市の「つくばの湯アーバンホテル」の朝食改革プロジェクトが紹介されました。登壇したパネラーは、ホテルを経営するアプリコット株式会社代表の塚本氏、中小企業診断士の大島氏、そしてNECに勤務しながら大学で研究を行う小泉氏の3名です。
課題は「答えの出ない」朝食改善 塚本氏が経営するアーバンホテルは、客室や大浴場のリニューアルに成功し、口コミ評価も向上していましたが、朝食の評価だけが3点台で伸び悩んでいました。改善しようにも「何が正解かわからない」状態で、内部での議論も平行線をたどっていました。プロジェクトチームは当初、口コミ評価の高い同業ホテルを調査し、メニューの品揃えを強化する方向で検討を進めました。しかし、その結果出てきた改善案は32項目にも及び、すべてを実行しても本当に評価が上がるのか、疑問が残りました。
学術的アプローチによる「発想の転換」 ここでプロジェクトは大きな転換点を迎えます。小泉氏が大学の研究者と共に、「美しさ」という新たな切り口を提案したのです。そして、「朝食ビュッフェ」と「(美しく完成された)定食」のどちらが顧客に魅力的かを比較するランダム化比較試験(RCT)を実施。その結果、「ビュッフェ」の魅力は、理想的な会場の印象は、「(美しく完成された)定食」とほぼ変わらなかったものの、むしろ時間が経って乱れたビュッフェは評価が著しく下がることがデータで示されました。
PCの生産管理手法を応用して三方よしを実現 この科学的知見に対し、塚本社長は「それでもビュッフェをやりたい」と決断します。そこでチームが考案したのが、パソコン業界の「ビルド・トゥ・オーダー(Build To Order)」方式を応用した新しい朝食スタイルでした。これは、顧客が選んだ部品(小鉢)を筐体(プレート)に美しく組み上げて完成させるという考え方です。具体的には、盛り付けやすいプレートの採用、美しさを保てる小鉢での提供、そしてライブキッチンによる体験価値の向上という3つの工夫を凝らしました。 この改革の効果は絶大でした。朝食の口コミ評価は1年で3.6点台から4.5点に急上昇。総合評価も向上し、予約サイトでの表示順位が上がり、売上は1.7倍に増加しました。さらに、小鉢方式によってフードロスも大幅に削減され、顧客、ホテル、社会にとっての「三方よし」が実現したのです。

