2025年7月26日(土)に開催されたマーケティング実践研究会の定例会では、情報発信チームからの活動報告、小泉代表からのエシカル購買意向に関する実証報告、シクミオ株式会社代表取締役社長 水上太郎氏による「1piece for 2PEACE.プロジェクト」を通じた20年の歩みと仕組みづくりに関する講演が行われました。その後、プロジェクトの活動の輪を広げるためのワークショップが実施され、参加者による活発な議論が交わされました。
1.実施概要
開催日時
2025年7月26日(土) 14:00-17:00
実施方法
VILLENT関内
1. 長瀬会員「“ひとつのクッキーふたつのシアワセ”の仕組みのプロジェクト」
情報発信チームのメンバーである長瀬会員より、情報発信チームの活動報告として「1piece for 2PEACE.プロジェクト」の概要について報告がありました。このプロジェクトは、港区立障害保健福祉センターみなとワークアクティ(就労継続支援B型事業所)で作られたクッキーの出張販売を通じて、以下の「2つのPEACE」の実現を目指しています。
* 障がい者さんの時給UP
* 生活困窮世帯支援(売上の1/4をクッキーでフードパントリーへ寄付)
報告では、単なる「販売」ではない、この二つの課題をつなぐプロジェクトであることが強調されました。また、情報発信チームのチャレンジとして、「どんなメッセージで販売すれば買ってもらえるのか?」という問いに対し、4月に実施したコンセプト調査の結果を基に、活動を支援していくことが述べられました。
さらに、日本の障がい者を取り巻く状況についての共有がありました。
* 国内の障がい者人口は推計1,153万人で、東京都や神奈川県の人口よりも多く、全人口の9.3%を占めます。
* 障がい者の区分は、身体障がい者(52%)、精神障がい者(37%)、知的障がい者(11%)の3つに大きく分けられます。
* 障がい者の生活を支える障害年金は等級により異なりますが、現実的には年金だけでの生活は困難であり、特に雇用経験がない場合や3級の障害基礎年金なしの場合は、生活保護費に満たない場合に差額が支給される状況です。
* 就労継続支援施設のうち、就労継続支援B型施設では雇用契約を結ばないため最低賃金が保証されておらず、平均賃金月額は23,053円(2025年1月時点)と非常に低い現状が示されました。知的障がい者の約18%にあたる約23万人が就労継続支援施設を利用しており、就労継続支援A型+B型の施設数はセブン-イレブンの店舗数を上回るほど身近に存在することが指摘されました。
* 就労継続支援B型施設の構造的矛盾として、就労訓練・福祉サービスの提供が目的であるため生産性向上を目指すとサービスの低下につながること、また施設職員が福祉の専門家であってビジネスのプロではないため一般企業との競争が困難である点が挙げられ、診断士の介在余地が高いことが示唆されました。
これらの現状を踏まえ、B型施設で働く障がい者の工賃を上げていくことの重要性が改めて強調されました。
2.小泉代表「実証報告:共感的コンセプトがエシカル購買意向に与える影響」
情報発信チームの活動に関連して、小泉代表(MASA)より、障がい者の工賃アップを目的としたクッキー販売において、購買意欲を高めるコンセプトに関する実証報告が行われました。情報発信チームは「どんなメッセージで販売すれば買ってもらえるのか?」を検証するため、複数のコンセプト案(例:時給UP、かんたん貢献、手間と想い、いい人アピール)を作成し、オンラインテスト形式で593名の被験者に対し購買意欲の評価を行いました。
この調査は、小泉代表が学術的に分析し、論文にまとめたもので、樊(ファン)教授も尽力したとのことです。報告では、エシカル商品の販売コンセプトに関する他社事例調査も16例実施されたことが紹介されました。この実証報告は、「自己超越欲求」を狙うことの難しさを示しつつ、共感的なメッセージがエシカル購買意向に与える影響について具体的な知見を提供するものでした。
3. シクミオ株式会社 代表取締役社長 水上太郎「20年の歩みと仕組づくり」
シクミオ株式会社代表取締役社長の水上太郎氏より、2005年8月にメールマンズ東京有限会社として設立以来約20年の歩みと、その中で育まれた独自の事業モデルと社会貢献活動について講演がありました。
シクミオの歩み
* 社名は「シクミをつくって、動かすカイシャ。」を意味し、物流分野のノンアセット型3PL(サードパーティー・ロジスティクス)を主な事業内容としています。
* 軽工業品の大量個別発送に特化し、保管、封入/梱包、配送、物流関連システムの開発・運営、印刷物等の生産請負、代理購買などを手掛けています。
* 過去には大手外食産業の事務局業務を中堅の広告代理店・印刷会社とチームを組んで受託した実績があり、大口案件の経験を通じて「誰の何をどこでやっているか」という事業の方向性を確立してきました。
「下駄ばきのCSR活動」の始まりと二つの課題
* 港区立障害保健福祉センターみなとワークアクティとの出会いをきっかけに、「下駄ばきのCSR活動」が始まりました。
* 障がい者施設での軽作業は、備品すら購入できないほど単価が1円と低く設定されており、「彼らの価値は1円なのか?」という疑問を抱きました。
* 水上社長は、施設にとって作業しやすい案件を委託することで、障がい者の就労の実態の向上B型事業所の平均工賃は月額22,667円、時給換算275円) に向き合いました。
* また、平均世帯年収が1,300万円を超える東京都港区にも生活困窮世帯が存在することに気づき、NPO法人みなと子ども食堂主催のフードパントリーの活動を支援しています。
* これらの取引や支援を通じて、「見せない」から見えない(貧困)、「見たくない」ものは見えない(障がい)という社会の課題を認識するようになりました。
「1piece for 2PEACE.プロジェクト」の展開
* 水上社長は、二つの課題を長く支援するためには、他の企業や団体を巻き込む「シクミ」が必要なのではと考えました。
* プロジェクトの目的は、「働いている障がい者の工賃を増やすこと」「身近な生活困窮世帯のサポートをおこなっていくこと」「働く障がい者・生活困窮世帯への理解と支援の輪を増やしていくこと」です。
* プロジェクトの特徴は、「“1 action, 2 issues.”というコンセプト」「ソーシャルインクルージョン(社会的包摂)の具現化」、三つ目の項目として「元気」をあげて「笑顔」をもらっても「手取りは増えないし、腹は減る」という現実を直視し、「数字」にこだわった活動を展開しています。
* ネーミングは、ミネラルウォーター「Volvic」の「1L for 10L」キャンペーンから着想を得ています。
・プロジェクトは近隣に位置する、みなとワークアクティ、みなと子ども食堂、東京都済生会中央病院との4者の連携で進められています。
・みなと子ども食堂への支援は、焼菓子の提供だけではなく、フードパントリーへの参加、物流分野での役務提供、「生活実態調査」冊子の制作・寄付をおこなっています。
フードパントリーのイメージ
* 2025年度上期の実績として、二つの販売会・一つのイベント出店が実施され、1回あたり2時間程度の販売会で、施設利用者(障がい者)全員の月あたりの収入が約1割増加するという成果を上げています。
* プロジェクトのパートナーであるみなとワークアクティの柴田施設長からは、「手助けをしてもらう立場だった私たちが、自分たちの出来ることで、ひとの役に立てる時がくるとは考えてもいなかった」という言葉があり、これが「支援される側が、支援する側になる」というプロジェクトの大きなテーマのひとつとなりました。
* 販売会以降、実施企業・団体はフードパントリーへの玩具寄付やボランティア参加、フードパントリーへのブース出店、地域住民参加の販売会実施を計画するなど、活動の輪が広がっています。
* 今後のプロジェクト展開として、引き続き港区を中心としたクローズド型(収益重視)と、イベント出店や地域連携したオープン型(理解促進重視)の販売会の両輪での運用を進めていく構想です。
あたらしい「シクミ」づくり
* 水上社長は、次の課題として障がい者施設内の利用者の生産性格差(クッキー製造が得意な2~3割の利用者と、軽作業のみ可能な利用者)を是正するため、「支援のために仕事をつくる」のではなく、「仕事のなかに支援をくみこむ」ビジネスモデルの構築を目指しています。
・これは1piece for 2PEACE.プロジェクトではスポットライトをあびることができなかった、生産性の低い利用者も対象としたもので、就労支援施設全体、クライアント、シクミオともにメリットを得る「三方よし」を目指しています。
・ 近い例として、コンビニエンスストア向けの書類の回収・分別・リサイクル案件が紹介されました。これは、従来産業廃棄物として処理されていたものを、就労支援施設での分別作業とシクミオの物流センターの連携により、リサイクル資源として処理し、コスト削減と社会貢献を両立させた案件を紹介されました。
・ 水上社長は、このプロジェクトからの広がりで、「善意に頼らずに回る『よき』社会」の具現化を一つずつ進めていくことが大きな目標であると述べました。
3.ワークショップ「“ひとつのクッキーふたつのシアワセ”の活動の輪の拡大:誰×何×どう伝えるか」
水上社長の講演を受け、情報発信チーム主導でワークショップが開催されました。テーマは「1piece for 2PEACE. の活動の輪の拡大:誰に、何を、どう伝えるか」でした。
ワークショップの目的は、この素晴らしい取り組みが「障がい者は隠そうとしているし、我々は見て見ぬふりをしている」という現状のため、なかなか活動が広がらないという課題を解決することでした。参加者は、以下の点を議論しました。
* 直面している課題: 「金や売上が本当に障がい者に還元されているのか」という疑問や、「障がい者が作ったクッキーの品質は大丈夫なのか」といった、活動に対する不信感や疑念を払拭する必要があること。
* 情報発信の重要性: プロジェクトが適切に情報発信できていないことが課題であると認識し、誰(ステークホルダー)に対し、どのような不安や疑念を払拭するメッセージを、どう発信するのか**を具体的に検討しました。
* ワークショップでは、既存の動画のインパクトが大きく、企業の共感を得る上で効果的であること、また親御さんの懸念事項にも目を向けるべきであるといった気づきが共有されました。
4.2025年度の各チームの活動計画&発表
ワークショップでの議論を踏まえ、情報発信チームは2025年度の活動計画を発表しました。
情報発信チームは、このプロジェクトの活動内容を、必要なステークホルダーに正しく理解してもらうための情報発信支援を本格的に開始します。
* 計画内容: ホームページとSNSを活用し、具体的な活動内容(販売会の様子、時給アップにつながったデータなど)を可視化し、「誰に、何を、どう伝えるか」を追求します。
* スケジュール: 2025年9月から12月にかけて情報発信の仕組みづくりを整理し、12月頃に中間報告を行う予定です。その後、2026年3月頃まで伴走支援を行い、情報発信の運用を定着させることを目指します。
* 情報発信の方向性:
* ホームページは、企業担当者が見た際に「この会社と取引したい」と思えるような、「営業に役立つ、信頼性の高い情報発信」を目指します。具体的には、プロジェクトがビジネス軸の重要な要素であることを示すロジカルな内容や、企業のCSR活動への貢献、カーボンニュートラルとの関連性なども視野に入れます。
* SNSは、より感情に訴えかけるコンテンツ(動画、写真など)を中心に、利用者の作業の様子や、子供食堂との連携など、プロジェクトの背景にあるストーリーを伝え、共感と購買を促進する役割を担います。特に、今後予定されている済生会との地域住民向け販売会など、オープンな場でのSNS活用を強化する考えです。
水上社長は、この活動を通じて「福祉は儲かる」という概念が、障がい者の特性を活かし共に利益を得る、「善意に頼らずに回る『よき』社会」の実現につながると期待を寄せました。
5.最後に
当研究会では、新入会員に対して積極的に発表や活動の機会を得てもらおうというスタンスで運営されています。また、研究会内各チームの活動についても、それぞれがクライアントを持ちながら、経営支援に真剣に取り組んでおり、中小企業にとって必要な支援策を生み出そうという気概に溢れた仲間が集まっています。ご興味を持たれた方は、ぜひ一度体験見学会にご参加ください。
(以上)

